「A」

「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫)

「A」 マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫)

 森達也とは大変な人間だなあと思う。絶え間ない自己否定を繰り返しながら、それでも確かなものを探ろうとして、自分を信じて前に進もうとする。そもそも信じる自分なんてものがあるのか、前に進んでいくことに意味があるのか、前に進むって本当に進んでいるか、良いことなのか。悩みながらも、きっと不可能なのだろうと感じながらも、自分で答えだそうとする。
 本書は、95年のサリン事件直後のオウム真理教とマスコミの関係を描いたドキュメンタリー映画「A」の制作日誌といったものである。映画は大学生の頃に見た経験がある。
 森達也が描くものの1つに、思考停止してしまった世界の恐怖というものがある。一般の人たちはオウムを分からないと言い、オウム信者は一般社会を分からないと言う。しかし本来は、曖昧であるくせに残酷な社会の制度なんて分からないし、びっくりするくらい厳格に構成されているオウムの組織も分からない。「分かる」の1面とは、そのような制度を無自覚に受け入れることであろう。
 あらかじめつくられている制度を疑うことは、誠実であっても賢明なことではないかもしれない。そして答えの見つからない不毛な行為でもあるのだろう。でも、自分の頭で真摯に何かを考えることには何かしらの意味が必ずあるはずだ。森達也の作品は、その価値の一瞬を僕たちに見せてくれる。