風の歌を聴け

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

 これも10代の頃好きだった小説。
 今読むと、この作品が、あるテーマを語っているのではなく、人間の関係性をあつかったものである、ということが読み取れる。1つの主題があり、それを示すために作品を構成していくのではなく、まず作品世界があり、そこから主題がぼんやりと浮かび上がってくる。そのような構成になっている。
また、この作品が、これまでの日本文学にあるリアリズム小説の流れから、脱出しようという狙いのもとつくられている。この点は間違いないだろう。そして、関係性を描くという部分も意図してつくられているのだろうか。だとしたら、改めて村上春樹のすごさを思い知ることになる。
 ひとつひとつの挿話はどれもシャープで、魅力に満ちている。人間関係の偶発性が増大していく中で、顕著になっていくコミュニケーションの不可能性。繁栄の果てにたどりついてしまった、目的の喪失。社会的価値基準の崩壊により、ひき起こるアイデンティティーの喪失。成熟していくことのとまどいと、社会により補填されることなく進んでいく心の中の空洞化。
 この作品が、79年に発表されたということに何よりも驚く。