人形作家

人形作家 (講談社現代新書)

人形作家 (講談社現代新書)

 唐十郎状況劇場では女形を演じて、球体関節人形の制作者として活躍する四谷シモンの自伝的エッセイ。本書は、大きく2つに分けられる。前半は、シモンの出生から人形制作に出会い、昭和40年代の新宿文化の中に入っていくまで。後半は、唐のもとで女形を演じながら、人形作家としての地歩を固めていく様子、そして現在までとなる。
 唐や寺山や、あのころの昭和文化人たちに興味がある人なら、後半部は楽しく読めるだろう。シモンの目を通して、彼らの青春群像が語られている。
 おもしろかったのは前半部である。四谷シモン、本名小林兼光は、昭和19年に東京の五反田で生まれる。父は独学でバイオリンを学んだタンゴの楽士である。母は没落した旧家の娘で、浅草でストリップダンサーをしている女だった。両親の仲は悪く喧嘩が絶えず、あるとき母が出て行ってしまう。紆余曲折を経て、シモンと弟の2人は、結局母と一緒に暮らすことになるのだが、母は妾になったり、小料理をやったり、堅気の人と再婚したり、目の回るような生き方をしていた。シモンは小中学校と勉強をまったくせず、不良学生であった。そして、中学校卒業時には人形で生きていく決意を固め、進学を就職もしなかった。
 シモンの幼少期や少年期の話は多く語られるが、何かが欠如しているような印象をもつ。シモン少年の心の中のとても重要なところに、ぼっかりと大きな穴が存在している。それは、シモンが語らなかったものなのか、語れなかったものなのか、わからない。ただ、そのぼっかり欠如した部分に、人形制作が滑り込んできて、そこを中点として、不安定だか怪しい座標系をシモンの人生の上に作り上げている。まるでそれにより縛り付けられてしまったように。