ケインズ

ケインズ―“新しい経済学”の誕生 (岩波新書)

ケインズ―“新しい経済学”の誕生 (岩波新書)

 1962年に出版された本なので、身構える部分もあったのだが、面白かった。すごくわかりやすかった、えらい。
 当時のケンブリッジに広がっていたムーアや「ソサエティ」に関するケインズにまつわる背景や、彼の政治的思想についてまで詳しく説明している。ケインズの思想を理解するには、それらも大切な要素であるのだが、ここでは彼の経済理論だけを簡単にまとめる。
 ケインズの「一般理論」は、乗数理論と流動性選好説という2つの柱よりなっている。
 乗数理論とは、こういうことである。社会全体の総供給量(生産量と所得)は、社会全体の有効需要の大きさ(消費需要と投資需要の和)と等しくなる。つまり、所得=消費+投資(1)となる。そして、所得は貯蓄されるので、所得=消費+貯蓄(2)となる。すると、(1)と(2)の式より、投資=所得と導かれる。この考えは、アメリカのニュー・ディール政策をイメージすると、わかりやすい。この理論が与えた実践的な意味とは、自由放任主義の予定調和的な経済理論を理論的に批判してことであり、金融市場への政府の干渉を合理化したことである。
 次に、流動性選好説である。利子とは節約に対する報酬である、というのが伝統的な利子論であった。それに対して、ケインズは、利子とは流動性*1を手放すことによる対価であるとした。そして、資産を現金で持つか、投資して債権の形でもつかの、人の数を一致させるものが、利子率の役割だとした。この理論より、利子率が下がれば、資産を現金でもつ人が減って、投資する人が増える、と考えられる。当時の1930年代のイギリス社会において、このことを阻害していたのが、貴族階級の金利生活者であった。
 本書ではこの後、その後のケインズ理論を紹介している。乗数理論は多くの点で受け入れられたが、流動性選好説のほうは、当時のイギリスの状況を多分に反映していたため、軽視されることとなった。ただ、60年代に出版された本なので、ここで書かれている内容はかなり古い。

*1:現金は株や債権とちがって、価値が安定していて、いつでも好きな商品と交換可能である。この2点より、ケインズは現金に「流動性」があると名づけた。