子どものトラウマ

子どものトラウマ (講談社現代新書)

子どものトラウマ (講談社現代新書)

 冒頭で、"child abuse"を「児童虐待」と訳すのは例外であると言っている。「児童乱用」と訳す方が、この問題を正確に理解できる。親が子どもの欲求を満たしてあげる、のではなく、親が子どもにより自分の欲求を満たす。「乱用」とはこのことだ。「虐待」では言葉のイメージが強すぎて、現象の本質をつかみ取りづらい。
 トラウマの形成について説明する。何かショックな出来事があった時、その出来事は異物をして意識の中にあらわれる。その異物を記憶の中で何度も反芻することで、次第にそれは消化されていく。一方、トラウマの場合は、その出来事が人間の消化できる許容範囲をふりきってしまったものだと考えられる。トラウマとなる出来事の記憶は、消化されることなく、鮮度を保ったまま記憶の中に貯えられる。そして何かの折り、それが突然よみがえる。フラッシュバックによる記憶をとても生々しく感じるのは、そのせいである。
 トラウマを消化吸収するには3つのプロセスがある。再体験、解放、再統合の3つである。トラウマとは、言わば「現在に生きつづける過去」である。それを、「過ぎ去った過去」にしてあげる過程が必要なのである。
 著者は、臨床の現場で直接患者たちに向かい合っている学者である。難しい問題を、客観的に記述している。そこに書き手の良心を見る。
 それでも虐待を受けた子どもたちの話には胸が痛むものがある。虐待を恐れてはいるものの、彼らは他にすがるものを持たぬが故、子どもたちはそれでも虐待を与える親を頼らなければいけない。そうして虐待を受けた子どもたちは、周りは自分に虐待をあたえ、自分は虐待をあたえられる存在であると、世界を認識してしまう。その考えがさらなる虐待を生む原因となっているらしい。