人間は進歩してきたのか
人間は進歩してきたのか―現代文明論〈上〉「西欧近代」再考 (PHP新書)
- 作者: 佐伯啓思
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2003/10
- メディア: 新書
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かなり読みごたえのある新書である。
「近代社会」をとらえたとき、2つのかんがえ方ができる。1つは、抑圧からの解放、自由や平等の実現だろう。2つめは、国民国家という集団の抑圧や規制が強固になり、社会生活を画一化された規範で覆っていくという社会の登場である。本書の立脚点は後者の立場だと言える。「民主主義」にオプティミズムな信頼をおいている読者は、本書を読むことで、その部分に横やりを入れられることになるだろう。
自然状態からの平和を確立するため、主権者として国家をつくるべきだとホッブズはうったえた。ホッブズの「リウ゛ァイアサン」(1651)から、本書では4つの特徴を示している。
第一が、国家と市民社会の関係である。主権国家が成立した時、国家は主権者としての絶対的な力をもつ。そして主権者は、市民の生命や財産の安全の確保のために、その権力を使用する。
第二が、この主権者が民衆であるのか君主であるのか、ホッブズは言明していない点だ。自然状態を回避するために必要なのは、民主主義ではなく、主権国家の成立であるのだ。そしてこの時に、宗教が政治の上に立ち、これを正当化することはできない。ここに近代のメルクマークがある。
第三が、ホッブズの言う国家観が、古典古代社会のそれとは全く違うということだ。近代の国家は、善の実現ではなく、市民の生命・財産の安全のために働く。そのために権力が敷いたルールに従い、従順であることが近代社会における市民にとって、重要な性格となる。
第四は、それでも宗教的な神が、彼らの背後に存在するということだ。神は超越的な世界でのみ絶対者として存在し、人たちの倫理をつかさどっている。ホッブズのえがき出そうとした近代社会は、宗教を否定するのではなく、宗教を背景にもって成立するものだったのだ。ホッブズが登場した時代のイギリスは、宗教改革の時代であり、ホッブズの思想はキリスト教を背景にもっている。
ホッブズの後、ロックに簡単に触れる。ロックはホッブズの示した「自然状態」をあまりにもフィクションだとしてしりぞける。そして、「自然権」をつくりだす。「自然権」とは、自らの労働の産物に対して所有権が設定されることが、人間の根源的な権利であるとするものだ。
ルソーが「社会契約論」を著したのは1671年である。現代民主主義の原理と言われているが、はたしてそうなのだろうか。ここが本書のキモの部分になるのでないだろうか。
「一般意思」の実現、この作用の主体者として「主権者」を設定する。そうすれば、すべての市民は、主権の共同体にその身を委ねることで、主権者であり服従者であるということができる。ここで人々はかつて自然状態でもっていた自由を失わず、自由を獲得できる。しかし「一般意思」なんて存在はフィクションである。このことはルソーも認めている。そのため、ルソーは「主権者」と「統治者」を分けてかんがえなければいけない、としている。本書では、この「主権者」と「統治者」の分裂により、社会は独裁政治や全体主義におちいる危険性を持つ、とする。代表者である「統治者」は、「一般意思」の実現のために「主権者」としての権力を行使する。しかし「統治者」と「主権者」は分裂している場合があると先に述べた通り、「統治者」の掲げる「一般意思」の実現を図ることは、すなわち社会にとって全体主義であるとみなすことができる可能性がある。それがフランス革命の中、全体主義のジャコバン政権が誕生した過程である。
カルウ゛ィニズム、「予定説」は、人々の孤立、心の内面の孤独化をおしすすめた。その孤独化する心の内に住処を見つけたのが、神である。政教分離がはたされているので、すでに社会に神の居場所はない。そこで神の存在は人間の心の内にはいり、人々はその神の存在により、宗教的な倫理を心に秘めるようになった。これにより「自己に命令される自己」と「自己に命令する自己」という分裂の危うさをはらんだ存在に、人々は変質していく。倫理的で緊張を余儀なくされる個人によって、近代社会は支えられることになったわけだ。
では、この時に神の権威が衰退していってしまったらどうなるだろうか。神は死んだ、とニーチェは言った。心の内側から人間の倫理をささえていた神という存在の喪失により、人々の社会的規範・規律は崩壊してしまう。刹那的な生を受け入れるようになり、結果たどりつくのがニヒリズムだ。
本書のタイトル、「人間は進歩してきたのか」に対して、解答をするなら、西欧近代はニヒリズムになったというのが、それだろう。
ええと、やっちまったぜ。こんなに書くつもりはなかったのに……。過去最長でないだろうか。
本書には続きがあるようで、そちらではこの続きから、現代の大量生生産大量消費社会あたりをおさえているようだ。